「俺は『氷の王子』などと呼ばれているようだが、それはそういうふうに装っているだけだ。王族は、なにかに執着してはいけないらしいから……」
「そうなのですか。それは……おつらいことかとお察しいたします。……私は、執着してばかりです」
「きみはなにに執着しているんだ?」
「母の遺言です」
少女の口から出た言葉にサディアスは思わずドキリとした。
(そうだ、パトリックはたしか……母を亡くしたばかりだと言っていた)
しかしながら、この少女にそのような暗さは感じられない。
訊いてよいものかとためらわれたが、無性に気になった。
ふだんならば――氷の王子を装っているときならば、尋ね返すことはなかったと思う。
「アリア。それは、いったいどういう……?」
サディアスが真剣な表情で訊くと、アリアは口もとに描いている弧を深くした。
「母は言いました。『私がこの世を去っても、どうか笑っていて。決して暗くならないで』と。だから私は、それを守っています。『母親を亡くしたばかりなのにへらへら笑って』と――よく思わない方もいらっしゃいますが、私は……母の言葉に執着しているのです」
「そうか……」
大きく息を吐き、返す言葉を探す。
逡巡したあと、思ったままを伝えることにした。
「俺は、それを悪いことだとは思わない。きみがきみらしくいられるようにすればいいと思う」
「ありがとう、ございます」
心なしか彼女の瞳が潤んでいた。
亡き母のことを思い出したのかもしれない。
「にゃっ」
子猫が膝から飛び出していく。
サディアスは上着の内ポケットから懐中時計を取り出して、時間を確認した。
そろそろ次の公務の時間だ。
「もう、お時間ですか? それでは私は……今度こそ、失礼しますね」
アリアが立ち上がる。
――別れるのが惜しい。
なぜそう思うのか、説明はできない。
「明日……俺は所用でロイド公爵のもとへ行く予定だ」
皆までは言わず、頬をかく。
「では、精いっぱいおもてなしいたします。ご訪問をお待ちしております」
アリアはこちらの意図を組み、小首を傾げて微笑んだ。
赤色のウェーブがかった髪の毛が風に揺れ、午後の陽射しがエメラルドグリーンの瞳を煌かせる。
その姿が、目に焼きついて離れなかった。